救急外来は「社会の縮図」であり,現実に起きている社会問題と直接リンクしていて,私たちの救命救急センターにも,ひきこもり状態にある患者さんが救急搬送されることは珍しくありません.「ひきこもり」の定義というのは厳密にはありませんが,厚生労働省から出ている「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」によると「社会的参加をせず,原則6カ月以上にわたって家庭にとどまり続ける状態」をいうそうです.日本には約110万人のひきこもり者がいるとされ,COVID-19感染症の影響でさらにその数は増加しており,支援や治療の充実が急がれます.
九州大学の研究チームは,未服薬のひきこもり者(42名)と健常ボランティア(41名)の臨床データおよび血液データを解析し,ひきこもりに特徴的な血液バイオマーカーがないかを調べました1).すると,ひきこもりの人はビリルビンが低い傾向にありました.同じ傾向は,重症うつ病の患者や,季節性情動障害といわれる,秋の終わりから冬のはじめにかけて発症するうつ症状にもみられるそうです2).第4回(2015年1月号)でもお話ししましたが,ビリルビンは生理的な抗酸化作用があり,ひきこもりの人はビリルビンが低いため酸化ストレスに対する耐性が弱くなっているのかもしれません.
また,アルギニンの値も減少しているそうです.アルギニンはアルギニン分解酵素によってオルニチンと尿素に分解されることが知られています.この研究結果では,男性のひきこもり者の血液ではアルギニン分解酵素が増加しており,基質のアルギニンが減少し,分解産物のオルニチンが増加していました.アルギニンは免疫力を高めたり,疲労回復に効果があり,サプリメントとしても販売されています.
ひきこもりは海外の辞書で「hikikomori」と表記されており,「karoshi」(過労死)のようにあまり誇れない日本製の英語として世界的に認知されています.「ひきこもり」はあくまで状態像であり,その原因は多岐にわたります.強迫性障害や知的障害,うつ病や統合失調症が原因のこともあり,精神科の先生にとってもなかなか一筋縄ではいかない病態ですが,少なくとも社会心理学的に単に「なまけもの」なのではなく,器質的な疾患であるのであれば,それをしっかり解明することは大切です.この研究は日本人のひきこもり者を対象としたひきこもりの客観的指標に関する研究ですが,今後,不足した物質を投与するなど,治療への応用が期待されます.