アメリカの作家,O・ヘンリーの「最後の一葉」という感動的な短編小説をご存じでしょうか? 病室の窓から見える蔦の葉がすべて落ちたら自分も死ぬ,と思い込んだ若い女性の患者さんが,1枚だけ散らずに残った葉っぱに勇気をもらい元気になりますが,実はその葉っぱは画家が壁に書いた絵であった,という美しい話です.
この作品を参考にしたかはわかりませんが,アメリカの病院での研究で,窓からの景色が手術後の回復に与える影響について調べたものがあります1).胆嚢摘出手術後の患者46人を性別,年齢,喫煙の有無,体重などで片寄りのないようにして,窓からレンガ塀しか見えない病室に入院した患者23人と,樹木が見える病室に入院した患者23人を比較しました.観察は植物が葉をつける5月1日から10月20日までの間に行い,精神疾患の既往や,20歳未満,69歳以上,重篤な合併症を併発した患者さんを除いています.
少し古い研究なので,あまり詳細な検討がなされたわけではないですし,そのメカニズムについても多くは触れられていませんが,樹木が見える病室に入院していた患者さんの方が,強い鎮痛剤の要求が低く,退院までの日数が1日短縮し,看護記録に書かれていた患者さんの訴えなどのスコアが少なかったのです.
森林浴や緑地の多い場所に住むことの恩恵は,先日少し触れたフィトンチッド(第110回 森林浴に効果はあるのか?)に関係するのかもしれませんが,視覚的な森林,つまり「緑を見ること」が術後の回復を助けるとすれば素晴らしいことです.しかし,この研究で使われたレンガ塀は,モノトーンの味気ないものであり,患者さんにとって非常に退屈であった可能性もあります.ひょっとしたら,緑よりもにぎやかで都会的な街の往来が窓から見えた方が,患者さんにとっては,より刺激的,魅力的で術後の回復にも良い影響があるかもしれません.
確かにアメリカの病院は,ベッドに横になったままで風景が見えるように窓の位置が低いところもあります.いずれにしても,病室の窓の外の風景は病状だけではなく患者さんの精神状態にも影響を与えることがわかり,病院の設計にも気を使わないといけないのかもしれません.