以前(2024年4月号 第115回)に排泄の音についてお話ししたことがありましたが,今回は水に浮く便と沈む便の違いは何か? どちらの方が「健康な便」なのか? 便そのものについての論争の紹介です.一般的に健康な人の10〜15%は便が水に浮くといわれており,水に浮く便には水に浮きやすい物質,つまり脂肪分が多く含まれると考えられていました.慢性膵炎の患者さんや小腸の多くを切除した患者さんの便は,脂肪の吸収がしにくいため脂肪を多く含み,このような脂肪便は水に浮きやすいことが知られています.では健康な人が日常的に出す便の浮くか沈むかは,何に影響されるのでしょうか?
今から50年以上も前,ミネソタ大学病院の消化器内科医が自分の便が水に浮くことに興味をもち,健康な33人の便を調べてみました.24人の便は水に沈んだのですが,9人の便は水に浮き,この浮いた便を高圧環境で内部のガスを追い出したところ,水に沈むようになったそうです.これらの便に含まれる脂肪の量は,水に浮く,浮かないにかかわらず同様であったことから,浮沈は脂肪の量ではなく,便に含まれるガス,主にメタンガスの量に左右されることがわかったのです1).
最近,腸内細菌がつくり出すガスに注目が集まっています.過敏性腸症候群には「下痢型」と「便秘型」の2つのタイプがあり,細菌がつくる水素が多いと下痢になり,メタンが多いと便秘になるといわれています2).このように,腸内細菌は腸の機能に大きな影響を与え,便の状態も変化させます.事実,普通のマウスの便は水に浮くのに,腸内細菌をもたない無菌マウスの便は水に沈みます.そこで,メイヨークリニックの研究者たちは,人間から採取した腸内細菌を無菌マウスの胃に入れ,無菌マウスに腸内細菌をもたせたところ,無菌マウスの便が水に浮くようになりました.水に浮く便に含まれる気体成分を分析したところ,メタンガスに加えて水素ガスが含まれており,これらをつくり出すBacteroides属を中心としたガス生成菌が多く存在することがわかったのです3).
結局のところ,浮く便と沈む便のどちらの方が「健康な便」なのかを判断することはまだできませんが,少なくとも便の浮き沈みは腸内細菌が発生させるガスの量に深く関係していることがわかりました.水洗トイレの普及で自分の排泄物をじかに目にするようになり,排泄物から健康状態を知ろうとする試みは自然なことなのかもしれません.