第2回 地球から細胞が生まれた1~
生体を構成する分子のうち約70%は水で,残りの30%が有機化合物です.生体を構成する有機化合物の主なものは,アミノ酸,糖質,脂質,核酸で,有機化合物の90%は高分子です.低分子の単位は脱水的に重合して高分子(大きな分子)を作ります.アミノ酸がたくさん重合してできる高分子がタンパク質です.タンパク質の分子量は数万から数十万あります.タンパク質は,細胞の構造を維持する主成分であり,酵素のような機能を司る主成分でもあります.バクテリアや植物細胞の細胞壁,動物の結合組織には,単位となる糖(単糖)が重合した,高分子の多糖類があります.ヌクレオチドという単位がつながった高分子が,遺伝子であるDNAや,遺伝子が働く際に必要なRNAです.高分子の有機化合物こそが生命を特徴づける分子です.
仮に,材料としてのアミノ酸が現在と同じ20種類であったとすると,アミノ酸10個からなるペプチド(小さなタンパク質をペプチドといいます)でさえ,配列の種類は2010種類という膨大なものです.小さなタンパク質でも数百,大きなタンパク質では数千個ものアミノ酸がつながっているので,20100とか203000といったとんでもない種類のタンパク質ができる可能性があるわけです.当時使えるアミノ酸が20種類だったかどうかわかりませんが,いずれにせよタンパク質の種類は,事実上無限に近い.
機能をもつタンパク質は,それぞれが特有の三次構造(高次構造)をもっています.最近の研究では,非生物的にタンパク質を合成する際に,反応条件によってできるアミノ酸の組成や配列に特徴あるいは偏りがあり,特定のアミノ酸組成からなる特定のアミノ酸配列ができやすいことがわかってきました.その結果できる特定範囲の一次構造をもったペプチドから,αへリックスやβシートその他の二次構造が自然に組み上がること(その方がエネルギー的に安定である),結果として特定の二次構造をもったタンパク質が高次構造(三次構造)にまで組み立てられたものは,安定で分解され難いことなどもわかりました.このようにしてできたタンパク質から,利用できるものを利用していった,というプロセスが想定されます.この当時に起きたできごとを推定し,機能をもったタンパク質の誕生過程を探る研究が現在盛んに進められています.まだまだ研究として未熟ではありますが,想像の世界から実証の世界へ入ってきたことが重要です.
模擬環境でさまざまに条件を変えて有機化合物の合成を試みると,条件によって,膜をもった直径数μm程度の球状の物体(ミクロスフェアあるいはマリグラニュール)までが生成することがわかりました.水溶液のなかでタンパク質という高分子ができると,均一な水溶液から不均一な物体として分離し,それが集まってある大きさをもった小胞を作ることがあるというわけです.大きさ的には小型のバクテリアに近いもので,条件によっては,こうしてできた小胞が膜で囲まれた構造をもっていて,細胞のように外部からものを取り込んで次第に大きくなったり,分裂して数を増やしたりまでするのだそうです.細胞の原型としてオパーリンはコアセルベートという仮想的なものを想定しましたが,今日ではタンパク質の集合体として実際にそれを作り出せるようになったわけです.これで細胞ができた,とは到底いえないことは確かですが,生命誕生の初期の段階が,決してあり得ないものでも単なる夢想的なものでもなく,科学の方法で追いかけられる範囲に近づきつつある,というところが重要なことです.
次回は,太古の地球で合成された有機化合物から,どのように細胞が組み立てられたのか,最新の知見をご紹介いただきます.初期の細胞はどのようなものだったのでしょうか?・・・続きは次回!!
井出利憲/著
定価 4,800円+税, 2010年8月発行