第4回 真核生物の誕生1~
真核生物のDNAは,ヒストンという強い塩基性のタンパク質と強固な複合体を形成して,クロマチンという構造を作っています.4種類のヒストンが2つずつ集合した8量体を形成し,これにDNAが巻き付いています.真正細菌でも,DNAは裸で浮かんでいるわけではなくタンパク質と複合体を作っていますが,ヒストンとは全く別のタンパク質です.古細菌の場合は,DNAはヒストンに似たタンパク質と結合して,クロマチンのような複合体を作っているものが多くあります.真核生物ができたとたんに無から有を生じたわけではなく,こういう基本的なことについて,古細菌から真核生物への進化的なつながりがあるわけです.
塩基性タンパク質としっかり結合して,しかも高次のらせん構造を作ることで,非常に細くて長いDNAの糸を,比較的太くて短い糸(クロマチン)に仕立て上げることで,大切な遺伝子を安定に保存することに大いに役立ったと思います.クロマチンはDNAの安定な保持には好都合でしたが,DNAの複製や転写はちょっと面倒になりました.複製や転写の際には,その部分でタンパク質を外したり,タンパク質との結合を緩めることが必要だからです.多細胞生物ではむしろこのことを積極的に利用して,異なった種類の遺伝子を異なった組織や臓器で発現させる,新たな調節機構として展開するに至りました.
核膜の内側と核の内部には,繊維性の核骨格という構造体があり,これにクロマチンが一定の規則性をもって結合しています.長い毛糸のようなクロマチンを核内にきちんと収めるためにも,細胞分裂時にクロマチンから染色体にまとめあげるためにも,DNAの複製や転写を実行する場としても,発現する遺伝子領域と発現することのない遺伝子の領域を区別して収納するためにも,核骨格の存在と,それによるクロマチンの核内への規則的な収納(コンパートメント化)機構が働いています.DNAの量的増大にはこういうシステムの並行的な成立が不可欠だった.
細胞が分裂する際には,それぞれのDNAからなるクロマチン糸はさらに凝縮して,太くて短い染色体になります.このとき,通常は核膜構造が消失します.ヒトの体細胞の場合,染色体は46本できますが,1本の染色体は複製を終えたばかりの2本の染色分体からできています.92本もある長い糸をもつれたり切れたりしないように実行するわけです.
具体的にはセントロメアDNAという特別な繰り返し配列とセントロメアに結合するタンパク質によって形成される,それぞれの染色分体の動原体に結びつく紡錘糸などが働く複雑なプロセスが進行します.そして,それぞれの染色分体を2つの娘細胞に誤りなく分配します.
また,このプロセスのあちこちで,そこまでのプロセスが正しく進行しているかどうかをチェックし,正しくなければその先へ進ませない,というチェックポイント機構(チェック・アンド・ゴー機構)が働いています.チェックがOKになると先へ進行しますが,その場合,必要タンパク質の分解が起きるなど,後戻りできないように仕組まれています(ラチェット機構).そのあと,核膜が再生して核が復活し,染色体はクロマチン糸にほぐれ,細胞質が2つに分かれます.真核生物が遺伝情報を正しく2つに分けるには,このような有糸分裂の機構の獲得が必要でした.
次回は,真核細胞がどのように進化してきたのか,オルガネラはどうやってできたのか,最新の知見をご紹介します.現在進行形でオルガネラ化しているのかもしれない真性細菌もいるようです.・・・続きは次回!
井出利憲/著
定価 4,800円+税, 2010年8月発行