第4回 真核生物の誕生1~
真核生物の細胞は,二重の膜で覆われた核をもった.これが,真核生物が後に大きく展開する第一歩になった重要なできごとであると思います.核の有無は,真核生物と原核生物とを区別する基本的な違いです.核は二重の膜で被われているので,図2のようにできたものと想像されています.遺伝子(DNA)を収納する特別なコンパートメントをもてたことで,DNAを大量に安定に保持できるようになりました.
ただ,DNAを鋳型にして作られるRNAを核から細胞質へ輸送したり,核内で働く酵素やクロマチンタンパク質など,さまざまなタンパク質を細胞質から核へ輸送するには,核膜孔という特別な構造を用意することが必要でした.細胞質から核へ,あるいは核から細胞質へと行き来して機能するタンパク質は非常にたくさんあります.文章にすると簡単ですが,実際にはかなり複雑な機構が必要です.
まず,DNAの量は,現在の原核生物と真核生物の間で大きな違いがあります.大腸菌とヒトを比べたとき,概略的にはヒトDNAは大腸菌の約1,300倍あります.ヒト体細胞1つは,約2mという長さのDNAをもちますが,これを50万倍に拡大すると,直径1mmで長さ20kmの糸状分子が46本存在する(あわせて約1,000km)ことになります.偶然かも知れませんが,細胞の体積も大体1,000倍違います.真核生物は細胞が大きくなり,DNAを保持する専門の核というコンパートメントをもったことで,DNA量を増やしても生きられるようになったことが,第6回で説明するように,真核生物が画期的な展開を果たす大きな出発点であったと思います.
DNA量には大きな違いがあるものの,遺伝子の数は,大腸菌で4,300個,ヒトで25,000個といわれています(表1).大腸菌に比べてヒトはわずか6倍程度でしかありません.ここでいう遺伝子とは,大部分はタンパク質の構造を決めている遺伝子です.タンパク質の構造情報は,DNAの塩基配列からmRNAの塩基配列として転写されて,タンパク質が合成(塩基配列からアミノ酸配列への情報の翻訳)されます.真核生物では,選択的スプライシングによって,タンパク質としては10万種類くらいできると考えられていますが,それでも大腸菌の24倍でしかありません.バクテリアとヒトの複雑さの違いを考えると,遺伝子数の違いは信じられないほど小さいと思います.
これは,真核生物では,遺伝子の使い方にかなりの工夫があることを想像させます.真核生物は,限られた数の遺伝子をうまく使って,多様な生き物を作っているらしい.
タンパク質の構造を決める遺伝子の部分は,大腸菌ではDNA全体の90%以上ですが,ヒトでは1.2%程度でしかありません.イントロンや遺伝子発現調節領域など,遺伝子に関係するDNA全部を合わせても約25%です.残りの75%は,多くの繰り返し配列をもつことなどの特徴がありますが,機能的な必要性は不明です.ただ,個体が生きていくためのレベルでは無駄な存在に思える豊富な繰り返し配列とか,イントロンをもつことが,進化の過程における長い目でみると,遺伝子の多様化に強力な力として働き,さらに遺伝子の発現調節の複雑なしくみを可能にしました(第6回で述べます).
原核生物の多くは環状二本鎖DNAをもっており,DNA末端がありません.これに対してすべての真核生物の核内DNAは,直鎖二本鎖DNAをもっています.大量のDNAを,何本もの直鎖二本鎖DNAに分けて核内に収めています.真核生物のDNAが直鎖状であることが好都合,あるいはそれが必要であるという理由は,わかりません.
直鎖状DNAの末端部分に,テロメアという特殊な塩基配列をもった部分があります.短い塩基配列の繰り返しです.ヒトを含めた哺乳類では,5′-GTTAGG-3′という6つの塩基配列を単位として,数千~数万回繰り返した構造です.この部分には遺伝子はありません.テロメアDNAは末端の一本鎖(Gテイル)を使ってループを巻いていて,これにテロメア配列に結合するタンパク質が結合して,DNA末端を隠すのが役割と考えられます.末端の存在はDNA切断の非常事態と認識され,直ちに結合酵素が働いてしまうので,隠しておく必要があるわけです.
DNA複製機構のもつ性質から,直鎖状のDNAではDNA複製が起きるたびに,新しく作られるDNA鎖は必ず末端が短くなります.細胞が増えるためには,その前に必ずDNA複製が必要なので,細胞が増えるたびにDNAが短くなることは困った問題です.環状DNAではこういうことは起きません.真核生物の細胞にはテロメラーゼという酵素があって,複製の度に短くなるテロメア配列を延長して,長さを戻します.直鎖二本鎖DNAをもっている真核生物のDNAを安定に保持するためには,テロメアとテロメラーゼという特別な工夫が必要なのです.
テロメラーゼという酵素は,酵素タンパク質と鋳型RNAの複合体で,鋳型RNAを使って1本鎖DNA(Gテイル)を延長合成する逆転写酵素です.Gテイルが十分長くなれば,それを鋳型にして,通常の複製酵素によって相補鎖が合成されると考えられます.真核生物にみられるレトロウイルスやレトロトランスポゾンにはいずれも逆転写酵素が働いており,構造的な共通性をもったファミリータンパク質です.真核生物が直鎖状DNAをもったときにテロメラーゼが同時に用意されたものとすれば,真核生物における一番古い逆転写酵素です.
井出利憲/著
定価 4,800円+税, 2010年8月発行