第5回 真核生物の誕生2 2.真核生物は細胞骨格をもった [分子生物学講義Web中継~生物の多様性と進化の驚異]

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第5回 真核生物の誕生2~

2.真核生物は細胞骨格をもった

サイトゾル中の構造物

オルガネラの間を埋める無構造のサイトゾルは一見無構造にみえますが,案外多くの構造物があります.繊維性の細胞骨格のほか,タンパク質合成の場であるポリソーム(リボソームがmRNAでつながったもの)があります.プロテアソームという巨大な分解酵素複合体もあります.これは64個ものタンパク質が集合した樽のような形をしていて,樽の蓋の部分で分解すべきタンパク質とそうでないタンパク質を識別して,分解すべきタンパク質を引き入れて,内部を向いて働く複数のタンパク質分解酵素が消化します.サイトゾルにはこのほか,解糖系の酵素をはじめとするさまざまな代謝系があり,また,細胞膜から細胞質内や核内へ,あるいはその逆の経路でさまざまな信号を伝達するシグナル伝達系のタンパク質や酵素などが,緩やかな一定の構造をもって配置されているものと考えられます.

細胞骨格

真核生物は,細胞内に細胞骨格という繊維状の構造をもっています.オルガネラは膜で囲まれた構造物を指すので,細胞骨格はオルガネラには含めません.細胞骨格には主に3種類あって,ミオシンと共同して細胞運動を司るアクチン繊維(アクチン),キネシンやダイニンと共同してタンパク質・オルガネラ・小胞の細胞内移動を司る微小管(チュブリン),細胞の丈夫さを司る中間径繊維(ケラチン,ビメンチンなど)です.

細胞極性の成立と維持

上皮細胞は,極性をもっています.極性というのは方向性のことです.例えば腸の上皮なら,消化酵素を外部へ向かって分泌する一方で,栄養物を外部から体内に向かって吸収するという方向性をもっています.自由端面(頭頂部)の細胞膜と,側方と底面(側底部)の細胞膜とでは,輸送タンパク質の分布が異なるわけです.頭頂部では栄養素を細胞外から細胞内へ輸送し,側底部では同じ栄養素を細胞内から細胞外へ輸送しなければなりません.これができるためには,輸送タンパク質の種類によって,細胞膜への別の部位まで運ぶことが必要です.

上皮細胞では構造的にも極性があります.細胞の1つの面は自由端ですが,側面は隣の細胞とさまざまな接着構造によって接着し,底面は基底膜という細胞外の構造体にしっかり接着します.接着タンパク質の細胞膜における分布に極性があるわけです.構造的にも機能的にも極性があるわけですが,極性構造の構築にも,極性をもった機能を維持するにも,接着タンパク質と細胞骨格とモータータンパク質が協調して働いています.これは,多細胞動物が組織を構築し,器官を構築して,適切な構造と機能を保つために必要な基本的な機能の1つです.

貪食という機能

白血球が這い回ってバクテリアを貪食するという話は聞いたことがあるでしょう.原生生物のアメーバが他の細胞を餌として取り込むのも貪食です.これらの細胞は顕著な例ですが,ほとんどの細胞がこの機能をもっています.細胞骨格を手に入れた真核生物は,運動性と貪食性を獲得したことで,餌の確保が画期的に有利になりました.積極的にえさを探しに出歩けて,餌をみつけて高分子でも固形物でも貪食し,貪食したものを細胞内で消化できます.運動して到達できる周囲に餌がある限り,生きのびられるようになった.これで動物型生物の原型ができた,ともいえます.これは,従属栄養生物にとって非常に大きな進歩であったと思います.

共生も貪食の結果かもしれない

もう1つ重要なことは,細胞内共生には貪食が働いていた可能性です.好気性細菌を貪食したとき,大部分は消化して餌になったでしょうが,一部は生きのびて共生状態に入った.それでミトコンドリアができた.葉緑体も同様です.貪食がそういう役割を果たしたとすれば,真核生物の進化にとって画期的に重要なことです.

運動性と貪食性を獲得する前提として重要なことは,真核細胞が硬い細胞壁を失ったことです.細胞壁があるままでは運動性も貪食性も発揮できない.真核生物の誕生は細胞壁をもたない古細菌からなのか,真核細胞になった後で細胞壁を失ったのかは不明です.現在の原生生物の中にも二次的に堅い殻をもつものがありますが,殻のあちこちに穴が空いていてそこから細胞質を伸ばして運動するような例はあり,丈夫さを保ちつつ運動性も発揮して,栄養素のあるところを捜して歩く,といった途中プロセスがあり得ます.想像に過ぎませんが,そのうち,そういう微化石がみつかる可能性だってないわけではない.

進化的な連続性

細胞骨格は真核生物にしかなく,原核生物にはない,といわれてきました.無から有が生じたのだろうか.つい最近,バクテリアにも,アクチンやチュブリン,中間径繊維と似た細胞骨格様のタンパク質があり,それからできた繊維性構造が細胞内にあること,細胞内の物質や構築物の移動に働いているなど,真核生物と類似していることがわかりました.原核生物のアクチン様タンパク質はATPと結合するとか,チュブリン様タンパク質はGTPと結合するなどの性質にも,真核生物のアクチンやチュブリンとの共通性があります.いきなり無から有を生じたわけではなく,ちょっとした工夫とやりくりが進歩をもたらした可能性が高いのです.なぜ最近までわからなかったのだろうと不思議に思うでしょうが,その気で調べなければ,見るもの見えずということはいくらでもあるのです.マイコプラズマでは,真核生物にはみられない細胞骨格と運動装置をもっていることも,最近わかりました.バクテリアの類だって,それなりに工夫しているわけです.

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プロフィール

井出先生 写真
井出 利憲(Toshinori Ide)
東京で生まれて35年間東京で過ごし,昭和53年から平成18年まで広島大学医学部(大学院医歯薬学総合研究科)に勤め,その後2年間を広島国際大学薬学部で過ごし,平成20年からは愛媛県立医療技術大学にいます.講義録をもとにして平成14年から『分子生物学講義中継』シリーズを刊行し,最初のPart1は現在11刷に,5冊目の一番新しいPart0上巻も4刷になっています.今,シリーズ最後(多分)の,私の一番書きたかったところを執筆中です.

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