第1回 生物界全体をグループに分ける 1.生物界全体を分ける [分子生物学講義Web中継~生物の多様性と進化の驚異]

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第1回 生物界全体をグループに分ける

  • 最近,生き物の分類が1界増えた!!
  • ヒトとイネより,大腸菌と納豆菌の方が遠い!?
  • ・・・など,驚きの視点が満載.

1.生物界全体を分ける

図1

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さて,生物界には実にさまざまな生物がいることは皆さんご存知のことと思います.生物界全体を大まかに分ける考え方はいくつかありますが,それぞれにもっともらしさがあります.ここではそのなかから2つをご紹介します.

5界分類

現在では,高校の生物でもロバート・ホイッタカーの5界分類を習うと思います(図1A).1969年に提唱されたものです.これが系統分類の1つの到達点であったと思います.これまでとの大きな違いは,従来は植物に入っていたカビやキノコの仲間の菌類を独立させて,真核生物を4界に分けたことです.多細胞生物(後生生物)のグループを,栄養摂取様式の違いから,自分で有機物を作れる植物,有機物の餌を捕まえる動物,有機物を吸収する菌類に分ける.従属栄養であるという観点からは,菌類は植物より動物に近いという認識です.

6界分類

トーマス・キャバリエ=スミスは生物の分類に大きな貢献をし,2004年に第20回国際生物学賞を受賞しました.この賞は,昭和天皇のご在位60年を記念して1985年(昭和60年)に設立されたもので,国際的に優れた生物学の業績をあげた研究者のなかから毎年1人に贈られるものです.キャバリエ=スミスは,多細胞真核生物にクロミスタ界を増やして,全体で6つの界にしました(図1B).

私が注目してもらいたいと思っているのは,この発表が1998年のことであるという一点です.ほんの10年ちょっと前のことです.さらに現在は,真核生物については別の分類法が通用しつつあります.いろいろな説が出るということは,なかなか決定版が出ない状態だったということです.

2.系統分類法の限界

系統分類の問題点

生き物が共通の先祖から進化し,多様化したものであるという仮定に立てば,似たものを集めて分類するのは意味があります.最近分かれた生き物同士では,たくさんの項目についてよく似ていて,共通性が高いはずだからです.ヒトとチンパンジーが近い関係にあることはわかりやすい.これに比べて,ヒトとミミズは相当遠い関係にあるだろうこともわかりやすい.しかし,ヒトとミミズの関係は,ヒトとサザエより遠いのか近いのか遠いのか,これは簡単にはわかりません.ヒトとミミズあるいはヒトとサザエの関係は,ミミズとサザエの関係よりずっと遠いような気がしますが,どう判断できるんだろうか.ヒトとゴキブリはどう,ゴキブリとクラゲはどう,など皆同様です.ヒトと大腸菌の近縁関係の推定など,どうしたらよいのか絶望的です.

5界分類と6界分類には,それぞれなりに理解も納得もできるところはあります.もっと細部の分類についてもそれなりのもっともらしさはあります.ただ,あるグループは主に形態上の類似性から,別のグループは発生過程の類似性から,というようにさまざまな性質に注目してグループをまとめている,といったことがみて取れます.脊椎動物としてまとめる際にはそれなりの統一基準でまとめられ,軟体動物としてまとめるにもそれなりの統一基準でまとめられているけれども,脊椎動物と軟体動物の間の系統関係を,同じ基準で論じることができません.

共通性のある定量的な物差し

近いか遠いかの関係を測る物差しを求めるとすれば,必要なことは,生物界に共通で,かつ定量性のあるものであることが必要十分条件です.定量的に距離が測れれば,地球生命は一元的なのか,という疑問に応えられる可能性もあります.生物間の距離を定量的に把握し,進化の過程に添った系統樹を作成するには,生物界全体に共通的でしかも定量的な判断基準が必要である.現在,それが可能になった.遺伝子の解析が,画期的な指標になったのです.

分子時計

2種類の生物が共通の先祖から分岐した時期が,化石などによってかなり正確に示されている場合,その生物間の塩基配列の違いを調べれば,塩基1つが変化するのにおよそ何百万年かかる,といった数値がわかります.塩基配列の変化速度は常に一定であると仮定すると,任意の生き物の間での塩基配列の違いから,共通先祖からお互いが別れた後の時間が推定でき,生き物同士の近いか遠いかの関係を定量的に描くことができるはずです.

3.分子時計の解析から導かれた3超界分類

すべての生物がもっている種類の遺伝子に注目する

全生物の系統を調べる際には,一部の生物ではなく,すべての生物がもっている共通の遺伝子を対象にする必要があります.タンパク質合成という機能はすべての生き物に必要で,それにかかわる遺伝子はすべての生き物がもっています.こういう遺伝子は生物間で塩基配列が保存されているはずです.保存されているけれども生物管で少しずつ構造に差がある.

3超界(3ドメイン)という大分類

図2

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塩基配列のデータから系統樹を描くには,実はいくつもの仮定と技術が必要なのですが,細部はとばして1つの結論をいえば,1986年にカール・ウーズによって示された3超界(3ドメイン)分類があります(図2A).すべての生物がもっているタンパク質合成系の共通要素の1つである,リボソームRNA遺伝子の解析から得られたものです.これはゲノムプロジェクトが開始する前のことですが,リボソームRNA遺伝子の解析については以前から進んでいたために比較が可能になりました.この成果が,リボソーム遺伝子だけでなく,他の多くの遺伝子についても解析を進めて,系統関係をより詳細に見極めようとする機運を一気に加速しました.

・図2:『理系総合のための生命科学 第2版』(東京大学生命科学教科書編集委員会/編、羊土社、東京、2010)図1-4を参考に制作

定量的な関係を示したはじめての全生物系統樹である

この図では,各枝の先端に現在生きている生物がいます.生物同士の近縁関係は,1つの生物の枝から分岐点までたどって別の生物の枝に移動して先端までたどって,全部の長さを合計したものによって示されます.そういう意味で,定量的に描かれたはじめての系統樹というわけです.実は,図2Aに示したのは最初の報告ではなく,さらに研究が進んでからの結果をまとめたものですが,3超界に分けるという基本は最初の報告と違いはありません.

すべての生物は共通先祖に由来する

第一に重要なことと思うのは,地球上のすべての生物が遺伝子DNAという共通の物質を継承していて,生物間で一定の関係をもって定量的な違いが存在することを示したことです.すべての生き物が共通の先祖から進化し多様化したものである,という仮定が具体的に支持あるいは保証されたことは重要です.これを進化の証明といってよいかどうかは,証明という言葉をどうとらえるかによって,異論があるかもしれませんが,従来に例をみないほどの強力な,地球上生命の一元性と,生物進化に対する証拠の提示であることは疑いないでしょう.

古細菌という超界

古細菌は,地球上で最初に誕生したバクテリアの性質を残しているものと考えられます.深海だけでなく,温泉とか,地下深くとか,無酸素である上に,とんでもなく超高温,超高圧,高塩濃度,高い酸性など,極限的環境で生息するものが多いのも特徴です.嫌気的細菌に属しますが,酸素が要らないのではなく,酸素があると有害である(嫌気的)という意味では,原始の地球環境にいた生き物としてもっともらしいものです.細菌のグループのなかでもマイナー中のマイナーに思われていた古細菌は生物界全体のなかで,本来の生き物ではない「その他」的な扱いを受けてきたわけですが,真核生物と対等に,3超界の一角を占めていることは,思いもよらぬ結論でした.

古細菌は細菌といっては紛らわしい

古細菌は核をもたない原核生物で,細胞壁をもち,顕微鏡でなければ見えないなど,通常のバクテリア(細菌)と似ているようではあります.しかし,古細菌は細菌の仲間であると考えてはいけない,古細菌というのは誤解を招く誤った命名である,といわれます.ちょっと乱暴な言い方をすれば,真正細菌と古細菌は非常に異なる生き物で,両者の違いは大腸菌(真正細菌)とヒト(真核生物)の違いほど大きい,ともいえるわけです.3超界に分けられるとはそういうことを意味します.

4.生物の意外な関係性

古細菌,真正細菌,真核生物の関係

古細菌が遺伝子的には真核生物に近いことがわかったことは,意外なことでしょう.遺伝子にイントロンをもっているところやタンパク質合成系についても真核生物との高い共通性がみられます.系統樹(図2A)でみると,共通の先祖からまず真正細菌の枝が分岐し,その後で,古細菌と真核生物とが分岐するわけです.最近分かれたものの方を関係が近いと考える,というわけです.

ただ,この描き方で誤解しやすいのは,真核生物の枝が分かれたところから真核生物の歴史がはじまるのはそれでよいのですが,古細菌の方は枝分かれしたところから古細菌の歴史がはじまるわけではないことです.最初に誕生した生物は古細菌に近いものと考えられており,その意味では,一番古いところから古細菌の幹が生えていて,そこから最初の枝として真正細菌の枝が分岐し,その後で,真核生物の枝が分岐すると理解するのが妥当なのではないかと私には思われます(図2B).

動物も植物も小さな世界

意外という意味では,動物や植物が,真核生物のなかでも極めて小さな範囲にしか広がっていないことは驚きです.図2Aのヒトとイネとコウジ菌はそれぞれ動物,植物,菌類の代表として示してあります.全塩基配列が明らかになった生物も多数にのぼるようになり,多くの生物についてより詳細な関係が示されるようになりました.ヒトとウシとを比べたらずいぶん違う生き物だというのが実感だろうと思いますが,ヒトとウシの違いどころか,ヒトとイネの間の違いに比べても,枯草菌(納豆菌の仲間)と大腸菌との違いの方がずっと大きいこともわかりました(図2A).感覚的な常識からは意外な感じがすると思います.

意外とも思えるこのような結果ですが,動物も植物も菌類も,多細胞生物としての歴史は,せいぜい10億年程度でしかしかなく,現在みられる多様な枝分かれは,もっと最近のことと考えれば納得がいきます.ヒトとマツタケでは,同じ生き物といってもずいぶん違う印象をもつと思いますが,生物界全体のなかではどちらもごく最近分かれたもので,遺伝子でみればそんなに大きく変化していない,ということなのです.

真核生物における原生生物の広がり

意外という意味ではもう1つ,真核生物の枝のなかをみたとき,原生生物の広がりが非常に大きいことがわかります.お互いの遠さをみると,原生生物と1つにまとめることは妥当ではなく,動物や植物,という程度の大きさの分類グループがいくつも含まれている,というべきであるようにみえます.

真核単細胞生物である原生生物は,21億年くらい前(27億年前の痕跡もあるといわれる)には誕生していました.それから今日までの間に,途中で多細胞の動物や植物を生み出し,藻類などはかなり初期から多細胞化したけれども,動物の多細胞化は6億年より大きく遡るわけではないようです.単細胞の方は20億年以上をかけて多様に展開したわけですから,その幅広さが多細胞の動植物に比べて大きいことは,何の不思議もありません.それが現在の原生生物の多様性です.

コラム:マーグリスの共生説

マーグリスは,真核生物(真核細胞)はさまざまな種類の原核細胞が共生することで形成されたという画期的な説を出しました.真核生物がもつ鞭毛やミトコンドリアや葉緑体は,それぞれ別種の原核生物に由来するという考えで,ミトコンドリアと葉緑体についてはその通りと認められています.以前は,真核生物のもとになったのは,原核生物のなかでも細胞壁をもたないマイコプラズマとしていましたが,今日では古細菌の仲間であろうと修正されています.また,真核生物の鞭毛の起源を,鞭毛をもつバクテリア(スピロヘータ)に求めましたが,真核細胞の鞭毛とバクテリアの鞭毛は構造的にも組成的も全く異なるもので,現在では否定されています.

この考えの画期的な点は,直接的には,真核生物の誕生の秘密に迫ったことですが,より一般的には,生物の進化あるいは多様性の誕生が,遺伝子の変異の蓄積によるだけでなく,共生という全く別のしくみによっても進行することを示した点です.

次回は,太古の地球で生命の原料となる有機物がどこでどのように生まれたのか,最新の知見をご紹介いただきます.ミラーが実験したように放電のエネルギーでできたわけではないようです.・・・続きは次回!!

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プロフィール

井出先生 写真
井出 利憲(Toshinori Ide)
東京で生まれて35年間東京で過ごし,昭和53年から平成18年まで広島大学医学部(大学院医歯薬学総合研究科)に勤め,その後2年間を広島国際大学薬学部で過ごし,平成20年からは愛媛県立医療技術大学にいます.講義録をもとにして平成14年から『分子生物学講義中継』シリーズを刊行し,最初のPart1は現在11刷に,5冊目の一番新しいPart0上巻も4刷になっています.今,シリーズ最後(多分)の,私の一番書きたかったところを執筆中です.

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