本連載が大幅加筆して単行本『ハーバードでも通用した 研究者の英語術』になりました!
本連載の主旨・概要は「はじめに~ひとりで学ぶ英語の心得」をご覧下さい
アブストラクトは次の3つのエレメントを含んでいる必要があります.
研究の目的を簡潔に・明確に書きます.何があなたのとり組む問題であるのか,その問題がいかに重要であるのか,その問題に関連した事柄のうち今まで何がどの程度明らかになっているのか,何が未解決なのかなど,専門領域外の科学者が読んでもある程度理解できるような必要最低限の情報を盛り込みます.(Hypothesis-drivenresearchの場合には,仮説を設定するために前提となる“何が問題であるのか”という点を,明確に書くことが重要です.) 上で述べたように,普段は何となくわかった気になっている「自分の研究の目的」が,アブストラクトを書くことによって初めて明確になるものです.自分の対象とする問題を明確に記述できたときには,アブストラクトを書くという行為の50%は達成されたと考えてもよいでしょう.
自分の研究のアプローチ(方法)と主要な研究の結果の要点を記述します.アプローチについてはその新規開発が研究のメイン・ポイントでない限り,アブストラクトでは概要だけで十分です.単に結果を羅列するのではなく,できればそれぞれに関連性を持たせる工夫をして有機的なつながり(意味・ロジック)を持たせてください.
研究の結論を簡潔に書き,その結論の意味づけ(implication)や社会に対しての期待されるインパクトを述べてください.
優れたアブストラクトを書く上で,とくに気を付けるべき実際的なポイントは,
一つのアブストラクトはたった一つのことを伝えるためにあります.メインポイントはたった一つに絞りましょう.
アブストラクトだけ読んだだけで理解できるように,最低限必要な情報はすべてそして簡潔にアブストラクトに盛り込みましょう.肝となるキーワードを効果的に使いましょう.適切なキーワードにコンセプトを語らせましょう.そうすることによって,過度に回りくどい説明的な表現になりすぎることを避けられるでしょう.
内容は正確でなければなりませんが,テクニカル・ジャーゴンを避け,できる限り簡潔で明確な表現を使用し,専門領域外の人にも概要が理解できるように心がけましょう.
MSはMutiple Sclerosis(多発性硬化症),Mitral Stenosis(僧帽弁狭窄),Mass Spectrometry(質量分析法),Morphine Sulfate(モルフィン),Metabolic Syndrome(メタボリック・シンドローム),さらに,Morgan StanleyやMicrosoftなど,自分の専門外の分野では,全く予想もしていなかった事柄を連想させる可能性があるのです.あなたのアブストラクトはインターネットを通して予想もしていなかった広い読者に読まれる可能性があるのです.略語・略記は必要最低限にしましょう.
“論文で最も大切なパーツはアブストラクトだ”
“ABSTRACT is the single most important section in a report or journal article.”
ということを念頭に置き,さらに次の2点にも気をつけてください.
自分の中で内容が完全に消化された後で,その抽出されたエッセンスをアブストラクトに書きましょう.論文のオーバービューや全体像を把握するために,本文を書く前に,まずアブストラクトから書き始めるアプローチもあると思います.論文のメイン・メッセージを明らかにするという観点では,アブストラクトから始める論文作成術にも一理あると思います.しかし,その場合でも,本文が完成した後にもう一度アブストラクトに戻り,一部または全部を書き直すことをお奨めします.
アブストラクトは論文本編の付属パーツではありません.アブストラクトは論文の最も重要なパーツなのです.論文の本編には数週間かけたのに,アブストラクトには締め切り直前の30分程度しかかけられないようでは,優れたアブストラクトは書けません.論文を書くトータルの時間の5%はアブストラクト作成に必要な時間として,最初から予定に組み込んでおきましょう.
次回は,優れたアブストラクトを例に挙げて,いよいよ実践編の解説に入ります.
プロフィール
Photo: Liza Green (Harvard Focus)