本連載が大幅加筆して単行本『ハーバードでも通用した 研究者の英語術』になりました!
第3回までに解説したアブストラクト・ライティングと,メール・ライティングとではかなり違うように感じるかしれませんが,メールを書くうえでの心得は「アブストラクトの書き方」の回で書いた英語ライティングの基本的事項と本質的に同じです.その心得とは
これはすべてのライティングの基本事項です.効率的にメッセージを伝えるためには,言うべきことは一回にひとつに絞るべきです.ひとの脳の情報処理能力は複数の事柄を同時に扱うことができるほど一般には高くないのでしょう.例えば3つのトピックを1つのメールに詰め込んだ場合には,3つ目のトピックを読み終えるころには1つめのトピックがなんだったのか思い出せないこともあります.一度にいくつもの言いたいことを詰め込めば,それだけコミュニケーションの密度が薄まり,一番伝えたいメッセージが伝わりにくくなるものなのです.
ライティングとは自分の考えを言葉にすることです.自分では言いたいことがわかっているつもりでも,頭の中にあるものは“漠然としたアイデアの集合体”にすぎないのです.伝えるために言葉にし,その“漠然としたアイデアの集合体”に目に見る形(=文字)を持たせることにより,初めてはっきりとした形で“自分の言いたいことに対する自分の理解の程度”がわかるものなのです.べつの言い方をすれば,「自分の言いたいことと称するする事柄」を,自分がいかに理解できていないかを思い知るものなのです.頭の中で考えることに許される大きな曖昧さや,話し言葉では許される中等度の曖昧さは,書き言葉では排除しなければならないのです.自分のメッセージを文字という一つの確定した曖昧さのない形に厳密に定義しなければならないのです.ライティングとは書くことだけではありません.ライティングとはまず「考える→書く」から始まるプロセスなのです.メールに書くことにより自分の伝えたいことの肝がはじめて明らかになるのです.
自分の考えを文字にする過程で,多くの人は自分の書いた文章が,自分の心で思っていたこととずいぶん違うことにいらだちを覚えるでしょう.どうして自分の思ったことをそのまま言葉にできないのかと.しかし,この違いにこそクリエイティブな新たな気づきの種があるのです.自分のメールのドラフトを送信前に客観的な視点から読んでみて,少しでも自分の思っていることに近づけるようにメール内容を練り直す過程に,ライティングのトレーニングとしての価値があるのです.ライティングとは書くことではありません.ライティングとは「考える→書く→読む→考える→書き直す→読む→考える」のサイクルの繰り返しを投げ出さずに自分でできるようになるセルフ・エディティング能力なのです.
メールのドラフトを書き直す過程では,上で述べた自分の考えにより近づけるための努力と,読者の立場に立ってメールのメイン・メッセージが伝わり易いように,文章のスタイルの最適化を繰り返す努力とが必要となってきます.英文メールは送信する前に少なくとも3回はセルフ・エディティングとプルーフ・リーディング(文法・スペリング・相手の名前を正確に書いているか)を行います.重要なメールのうち一刻を争わないものであるなら,送信前に,いったん保存しておいて,数時間後に見直してセルフ・エディティングとプルーフ・リーディングを行ってから送信することも,よりこなれたメールを書くコツのひとつです.
次回は,具体的な英文メール・ライティングの技術について解説します.
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Photo: Liza Green (Harvard Focus)