本連載が大幅加筆して単行本『ハーバードでも通用した 研究者の英語術』になりました!
英語ライティングの教科書では,本文(Introduction,Results,Methods等)が完成したのちにアブストラクト書くことが通常は薦められています.その理由は,アブストラクトはその論文のエッセンスであるので,本文を書き終えて自分の主張したいことの全貌と肝とが明確になったのちに,まとめとして書くのが最も効率的であるからです.それぐらい理解が深まっていないとエッセンスとしてのアブストラクトは書けないはずなのです.
ライティングとは頭の中の構想をそのまま書き留めるに過ぎないと考えている方もいるでしょう.しかし,一見思考がライティングを制御しているように見えても,ライティングという作業が逆に思考に大きな影響をあたえているのです. 本文を書き進めていているうちに,自分の考えが煮詰まっていき,データの提示の仕方の新しい切り口や,斬新な考察の方法などが生まれてくるのを経験した方も多いのではないでしょうか.自分の仕事の内容を十分に深く理解したと確信してから論文を書き始めたはずでも,論文を書き始める前と,書き終えてからでは自分の仕事に対する理解の程度が一段階違うことを感じるものです.普通に論文を書くときには,理解がピークに達した一番最後の段階でアブストラクトを書くべきなのです.
ここで,なぜアブストラクトを単独に書くことを薦めているのか疑問に思われるかもしれません.その理由は,論文を書き始めるずっと前の段階でも,自分の研究についてのアブストラクトを書くことは,自分の研究の価値や問題点など本質的なポイントに向き合うことを余儀なくされ,自分の研究に対する理解が一段と深まるからです.たとえ日本語の場合でも,頭でわかっていることと,文章にできることの間には理解の程度にかなりの差があります.頭でわかっているつもりでも,うまく日本語の文章にできないという経験をお持ちの方も多いと思います.わたしも文章にする時点になって自分の理解の程度の浅さに愕然とすることが少なくありません.逆にいえば,文章に表すことができて初めて自分の仕事の目的や意義を理解したということができるのです.
ですから,英文アブストラクトを書くというトレーニングは単にライティングのスキルを磨くという目的以上のものがあるのです. 次回以降に解説するアブストラクトを書くステップ・バイ・ステップのプロセスは,自分の仕事をより深く理解するための絶好の機会を提供するのです.このプロセスは自分の研究の意義や伝えるべきもっと大切なメッセージを追い求める“自分探しの旅”であると同時に,時として自分の研究プロジェクトの問題点浮かび上がらせ,超えるべき壁に直面することを余儀なくさせられる“修行”でもあるのです.
アブストラクトを書くという修行の最中はつらいかもしれませんが,ぜひアブストラクトを完成させた後の,理解が深まる快感を楽しんで下さい.次回は,アブストラクトを書くために知っておくべきこと,優れたアブストラクトについて解説します.
プロフィール
Photo: Liza Green (Harvard Focus)